地蔵堂(土呂町)

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 東武野田線第9号踏切の90m程北東に位置する地蔵堂(さいたま市北区土呂町)。
 以前は現在地の130m程北にあったようだが、現在その辺りは更地になっている。
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土呂の地蔵堂
 所在地 さいたま市北区土呂町一五一〇
 この地蔵堂は、地元の人の話によると、かなり古くから、この地にあって、村民の信仰をあつめていたといわれている。一説には、江戸時代の土呂村領主旗本初鹿野氏が近くにある同家の墓守堂として建てたものといわれているが、『新編武蔵風土記稿』には「村民の持」と記されているのみで、その創建や由来については詳かでない。
 地蔵堂には、現在、本尊の地蔵菩薩のほか、薬師如来、大黒天の三像が安置されている。
 なお、初代初鹿野昌久は甲斐国武田の家臣であったが、主家滅亡後、徳川家康に仕え、天正十八年(一五九〇)徳川氏の関東入国に伴って土呂村の領主となったもので、この地蔵堂付近に陣屋を築き、以来幕末まで知行した。同氏が甲斐国から勧請したという御嶽社は幾度かの変遷をみて、現在隣の薄田氏屋敷内に祀られている。また、東武線南側の墓地跡には初鹿野氏の墓碑が残っている。
 昭和六十年三月

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 地蔵菩薩。
 左端の石柱には大日如来の姿が彫られ、その下に「奉納日本神社佛閣拝礼」、側面には「南無阿弥陀佛」と刻まれている。
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