御嶽社(大宮区寿能町二丁目)

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 東武野田線第9号踏切の北東160m程、線路脇に鎮座する御嶽社(さいたま市大宮区寿能町二丁目)。
 以前はここから100m程南西にあったようだが、いつ頃移転したのかはわからない。
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□見沼西縁歴史散歩コース□ 御嶽社
 ここは寿能町2丁目です
 この社は村の鎮守で、関ヶ原の合戦があった慶長5年(1600)に土呂村の領主初鹿野昌久が甲州から同氏の氏神として勧請したものと伝えられています。初鹿野氏は甲州武田家の家臣で武田家滅亡後土呂へ移ったものです。明治40年に市民の森の北方、神明社に合祀されましたが、昭和14年1月に旧地へ新築再興されたものです。
 当社のほかに初鹿野氏ゆかりの場所として、東方約50mの御嶽墓地内には三代初鹿野昌次及び昌久の子昌季の墓が、北方の地には土呂地蔵堂があり、同地周辺に陣屋を構えていたといいます。また、片柳の萬年寺には同寺を火災による荒廃から復興させた昌久が中興開基として葬られています。

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 西を向くと線路の北側に地蔵堂が見える。
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