氷川神社(見沼区宮ヶ谷塔三丁目)

IMGS9672s_201707282030396d0.jpg
 埼玉県道2号線に南面する氷川神社(さいたま市見沼区宮ヶ谷塔3-230)。
DSCF9939s.jpg
 鳥居の脇に設置された案内板。しかし神社の由緒書きは設置されていないのであった。
IMGS9654s_20170728203037abd.jpg
 二の鳥居。
IMGS9639s_2017072820303664a.jpg
 拝殿。
IMGS9649s.jpg
 斜めから。
IMGS9634s.jpg
 後ろから。
IMGS9635s_20170728205609317.jpg
 末社。
 お狐さまがあるので稲荷社なのかなとも思うが、卐らしきものも見えるから違うかも。富士講関連の石碑などでは卍はよく見かけるからそっち関係なのかな。「猫のあしあと」さんのところを見ると宮ヶ谷塔氷川神社の末社として雷電社、或いは山神社と記されているのでこれまたどちらなのかよくわからない。
IMGS9645s_2017072820560877d.jpg
 力石。
IMGS9651s_20170728205607a61.jpg 
小川刀自墓誌銘
小川刀自諱登久埼玉縣北足立郡春岡村宮谷塔人善五郎第三女也資性謹厚而有巧思
幼表怙恃備甞辛酸及長習機織之業精勵刻苦技漸孰後有故出江戸爲有馬候臣早川某
乳母慶應元年五月從主至久留米時年二十七其地有井上某女創織久留米縞者機業漸
行然機具不良布質尚粗不足以博市價刀自爲苦心計盡作一長機具及附屬器以開機業
其所織出輝於久留米市場市價頓貴時明治九年也爾来遠近子女聞風來習者五百餘人
刀自日夜提撕不倦三十有餘年如一日業益進久留米縞名聲揚於海内販路日開年増其
産達三十餘萬段所得價二十五萬圓毎歳増産其地之富益加久留米縞同業組合贈刀自
以彰徳状又年贈金以報其徳明治四十三年九月十五日歸郷組合及弟子等胥謀張祖道
之宴厚贐以報其恩刀自誕於天保十一年十二月一日以大正二年十二月二十四日終浮
屠氏追號曰永山實性禅定尼久留米縞組合聞刀自之訃賻以香華資金五十圓致追慕之
情初刀自納婿生子曰榮三郎繼家今茲欲建碑以圖不朽篤志者爲致力輔之村長小澤益
太郎以状來屬銘於余嗟呼興國産廣公益若刀自者有髯丈夫所不及不獨爲婦人之龜鑑
也其可不銘哉銘曰
  女工甚精 敎人能進 何以致之 雄謹且信 更作機杼 又揀錦絲
  市價頓貴 名聲四馳 販鬻日開 克富家國 千載不朽 刀自之徳

大正四年六月  ■埼玉縣北足立郡長従五位勲四等 早川光藏撰文并篆額
             埼玉縣女子師範學校教諭 ■石木村増二敬書

IMGS9667s.jpg
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
ブログ内検索
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
FC2カウンター
プロフィール

梁瀬

Author:梁瀬
無駄な徘徊でCO2を増やす、
方向感覚に不案内なヒト

リンク
RSSフィード