湯殿神社(見沼区東門前)

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 七里駅入口交差点から埼玉県道105号線を南東へ200m程向かった所に鎮座する湯殿神社(さいたま市見沼区東門前356)。
 幟枠には「嘉永四辛亥■」「玄月大安日」、入口脇の地中に埋もれた石柱には「元治元十一」「當村氏」と刻まれている。嘉永四年は1851年、元治元年は1864年。
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 鳥居を境内側から。
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 拝殿。
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湯殿神社 御由緒
 さいたま市見沼区東門前三五六
□御縁起(歴史)
 当地は、『風土記稿』に「風渡野村枝郷門前村」とある。初めは、風渡野村一村であったが、江戸初期に分村して門前村となった。この門前という地名の由来は、当地に社領二十三石の鷲明神社があり、その門前が発達して村となったことによる。この鷲明神社は、当地の字「上の宮」に鎮座していたが、当地が分村独立するに及び、本村である風渡野村へ遷座したといわれている。
 当社は、この鷲明神社の本村遷座により、新たな門前村の鎮守として、山形県東田川郡鎮座の湯殿三所権現(『風土記稿』では「湯殿三社」と載る)を勧請したものと伝える。この勧請に直接関与した修験は明らかではないが、本村である風渡野村の本山派修験多宝院あるいは当山派修験竜蔵院が考えられる。
 鎮座地は、「原市鳩ヶ谷道」の側にある字道際である。昭和二十年まで、社殿裏手に目通り九尺もある男松の大木があり、街道を通る者の目印になっていた。
 祭神は、大山祇命・月読命・志那都比古命・志那津比賣命である。
 別当は、真言宗の伽羅陀山極楽寺延命院で、旧埼玉郡中嶋村金剛院の末である。この寺は、『郡村誌』には明治五年に廃寺と載るが、現在も堂宇が残り、供養も続けられている
□御祭神
 ・大山祇命 ・月読命 ・志那都比古命 ・志那津比賣命
□御祭日
 ・元旦祭(一月一日) ・春祭り(二月二十六日) ・大祓(七月二十六日)
 ・例 祭(十月九日) ・新嘗祭(十一月二十六日)

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 水盤の側面には「文政二己卯年九月吉祥日」と刻まれている。文政二年は1819年。
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 社殿を県道105号線側から。
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 末社。
 稲荷社だろうか。鬼瓦部分の左三つ巴紋が気になるけれど。
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