薬師如来(高砂町)

IMGS0070s_2017090821092202d.jpg
 セイワ食品入口傍に位置する薬師如来祠(高崎市高砂町294)。
IMGS0074s_2017090821092125f.jpg
 石祠には「寛永仁乚刄年七月十日 敬白」と刻まれているように見えるが、乚刄ではなく乙丑なんだろうな。なお寛永二年は1625年。
 横には大黒天と恵比寿神の像があり、祠の前には三体の石仏があるが……なんだろうこれ。石祠の中の石仏は薬師如来なのだろうとは思うのだが、智拳印を結んでいるようにも見えるしお地蔵様のようにも見える。
DSCF0358s.jpg 
薬師如来
 江戸時代にこの辺りは、江木新田と呼ばれ高崎城下の北東に位置し、高崎城からみて鬼門にあたるので、鬼門除けとして薬師如来が祀られていました、薬師様は人々の災難から救ってくれる仏様として信仰されます。ところが、徳川家康の霊を東照大権現として、江戸並びに徳川を護るため日光山に祀ったことから、神仏習合において権現の本地仏である薬師如来を鬼門に祀る風習となり、ここもそれにならったと思われます。
 明治になり大雲寺境内に移されましたが、末広町で長野堰から分れ薬師堰と呼ばれる小川の端に再度安置されました。先の大戦終戦直後の混乱期に町内に不幸が続いたので、薬師様をもう一度勧請し直して、町内の無病息災を祈願するために、正法寺の住職に依頼し、鬼門除薬師から厄除薬師に勧請し直したと伝えられます。
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

カレンダー
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
ブログ内検索
カテゴリー
最近の記事
最近のコメント
月別アーカイブ
最近のトラックバック
FC2カウンター
プロフィール

梁瀬

Author:梁瀬
無駄な徘徊でCO2を増やす、
方向感覚に不案内なヒト

リンク
RSSフィード