八坂神社(下豊岡町)

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 旧中山道と国道406号線の分岐点付近に鎮座する八坂神社(高崎市下豊岡町40-3)。
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 八坂神社石宮。
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高崎市指定重要文化財 下豊岡の道しるべ
 所 在 地 高崎市下豊岡町四〇‐三番地先
 指定年月日 平成十年二月二十七日
 烏川を渡って中山道を西へ進み、この地より右に折れる道は信濃国(長野県)へ通じるいわゆる信州街道で、古くは「信州みち」と呼ばれていた。また、草津温泉へと通じる道でもあることから「草津みち」とも呼ばれていた。
 現在八坂神社のあるこの場所が、かつて信州みちが通っていた場所であり、二つの道しるべがあった。そのうちの一つ「下豊岡の道しるべ」は、高さ一九八cm、幅三四cm、厚さ三六cmの大きさで、安山岩でつくられた尖塔角柱の道しるべである。碑面の文字から草津温泉をはじめとする温泉地への案内を主な目的として作られたものとも思われる。なお、左側面のみ文字の彫り方が異なっているが、道しるべが建てられた後に彫られたためであろう。つくられた時期は江戸時代末期と推定される。
 もう一つは、国道四〇六号線と旧中山道との分岐点に移されている小さな自然石の道しるべで、これには「右はるなみち、くさつみち」と刻まれている。
 「下豊岡の道しるべ」は、本来は中山道と信州みちとの分岐点であるこの場所にあった。明治時代に現在の国道四〇六号線ができた際に、一旦は今「自然石の道しるべ」がある場所に二つとも移された。さらに昭和三十四年頃の国道四〇六号線の拡幅に伴い、県道(旧国道十八号線)との分岐点にこの道しるべのみ移されていた。高崎市の文化財にするにあたって、本来の所在地であるこの地に戻したものである。

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 「下豊岡の道標」。
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 分かれ道に置かれた「自然石の道標」。
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 八坂神社側から。
 交通標識の左下に見えるのが「自然石の道標」。
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