若宮八幡宮(下豊岡町)

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 豊岡公民館の北東に鎮座する若宮八幡宮(高崎市下豊岡町甲1428)。
 こちらの鳥居は北を向いており、柱には「昭和七年七月吉日建之」と刻まれている。
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 随神門。
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 こちらの随神は弓矢を持っていないが、手の形から見て以前は持っていたのだろう。
 新後閑町の琴平神社では鬚のある随神が右、無い方が左に配置されていてこちらとは逆だが、特に決まりとかは無いのだろうか。
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若宮八幡宮御由緒
 高崎市下豊岡町字若宮甲一四二八
祭神 大鷦鷯命(大雀命)
   諡名 仁徳天皇
 当社は平安末期、永承六年(一〇五一年)源頼義・義家父子が建立したと伝えられている。即ち、前九年の役が勃発するや、頼義、義家勅命を奉じ奥州の安倍氏の反乱を鎮圧する途次、この豊岡の地に仮陣屋を設けて暫く逗留、軍勢を集めると共に、戦勝を祈願するために当社を建立、乱収り帰還の折りに再び当社に寄り戦勝を報告、額を奉納したという
 以来、武将、兵士、一般大衆の尊崇厚く、鎌倉時代には里見太郎義俊の三男豊岡三郎という者、此の地におり当社を崇敬した。
 寛文二年(一六六二年)、幕府代官諸星惣左エ門政明らが中心となり、社殿を大修築し、盛大な祭典を挙行した。
 江戸末期には江戸の火消し新門辰五郎、明治期には乃木大将の参拝などあり、常時参拝者が絶えなかった。
 境内には義家の腰掛石、社宝として市重要文化財蕨手太刀がある。
 なお当地区には「土用寒村」「十八日村」などの伝説、古跡が多い。
  境内地 八〇六坪二合
  祭典日 三月十五日 春季例祭
      七月三十日 夏祭(みそぎ大祓い)
      七月十五日 秋季例祭
   その他、七五三祭、二年参り、初詣もにぎやかである。
 昭和五十四年七月二十九日

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 朱塗りの鳥居。
 こちらは東を向いている。
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 拝殿。
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 斜め後ろから。
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 末社群。
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