御嶽神社(青柳)

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 岩瀬駅の東側にある水戸線東区踏切を越えて南へ向かって行くと、突き当たりで御嶽山の入口に到着。目的地である御嶽神社(桜川市青柳)は標高230mの御嶽山々頂に鎮座している。
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 右に向かうと滝行所を経由する緩やかなコースで、左に向かうとやや傾斜のあるコース。
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 うっかり左のコースから登ってしまい、軽く息を切らせながら分岐点に到着。ここから右に下って行くと滝行所、まっすぐ行くと御嶽神社へ。
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 左上側にも道があり、そちらは木の階段が設置されていないコース。
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 一の鳥居。
 柱には「昭和十四年四月二十八日建之」と刻まれている。
 ここまでひーこら言いながら登って来たのだが、近所の方にとっては気軽な散歩コースのようで、ご年配の方が軽やかに歩いて行かれるのを見ると体力の無さを実感する○刀乙
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 二の鳥居と三の鳥居。
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 鳥居の右側に熊魂霊神……かな? その隣に中子稲荷大神・三日月大神・笠間稲荷大神。
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 拝殿と狛犬。
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 斜めから。
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 左から御嶽神社五十年記念碑、華表奉献碑、三笠山神社・八海山神社、成田山・金比羅山 四国西国坂東秩父百八十八ヶ所、御嶽山・金山大神・阿留摩哉大神 覚明霊神・普寛霊神・一心霊神。この他にも○○霊神と刻まれた石碑が十四基だったか十五基だったか、社殿の周囲に配置されている。
 御嶽神社五十年記念碑には大正十三年四月と刻まれているので、この御嶽神社の創建は明治七年(1874)と言うことになるのだろうか。
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 御嶽神社から少し下がった所に休憩所。
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 境内。
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 滝行所へ。
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 滝行所。
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 ちょろちょろと流れ落ちる滝の水。
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 不動明王。

熊野神社(青柳)

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 岩瀬駅の東南750m程、青柳ふるさとコミュニティセンターの傍に鎮座する熊野神社(桜川市青柳125)。
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 入口左側に百観音供養塔があり、その脇に……なんだろ? 神輿庫かなにかかな。
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青柳糸桜記念植樹の碑
和名抄に青柳の名見ゆ。青柳氏住むに及び邑となす。永享十年(五三一年前)室町時代六代将軍、足利義教の世関東管領足利持氏に中郡荘磯部邑神主祐行花見物語献上持氏世阿彌元清に謠曲桜川を作らしむその中に「なほ青柳の糸桜」記事あり 磯部稲村神社享保年中の縁起書桜川八景十二品中に青柳の糸桜あり 此地鹿島街道筋桜川の辺中郡の要塞たり。桜樹令五〇〇年を超ゆるもの稀なり 糸桜(枝垂桜)は彼岸桜の変種なり
     菊畦联歌 金英君(牧野公)
    見渡せば青柳むらや桜川
      田舎も春の錦なりけり
熊野神社 伊弉冊尊、事坂男尊、速玉男尊を祭祀す。稲荷神社、疱瘡神社、日本武尊神社、八坂神社を末社となす。永正年中、青柳氏紀州熊野神社の分霊を迎へたと伝へらる。諸神能之桜樹竝碑を守護するを祈る。
二世の桜樹枯死するを痛み郷の人達胥謀りて明治維新百年を記念し三世の若木を磯部より移植する。子孫克く遺志を継ぎ愛護維持に努められんことを。
  昭和四十四年 四月
        磯部稲村神社宮司    磯部祐親
        青柳和泉守後裔四十三卋 天賀谷政男 代建立
        青柳区長        青木茂

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 二十三夜塔群。
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 一の鳥居。
 柱には「大正十二年十一月 天賀谷源五郎」と刻まれている。
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 石段。
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 二の鳥居。
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 拝殿。
 境内は草が生い茂っている。
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 本殿覆屋。
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 日本武尊神社と八坂神社。
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 拝殿の南側に石段があり、奥へと続いている。
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 その石段脇に疱瘡神社。
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 石祠。
 上記の碑によると境内社は日本武尊神社と八坂神社、疱瘡神社、稲荷神社の四社なので、こちらは稲荷社なのだろうと思うのだが、奥にもう一社あるので確定ではない。
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 赤い木祠。実に稲荷社っぽいが、先の石祠とこちらのどちらが稲荷社であるのかは不明。どちらも稲荷社である、と言う可能性もあるけれど。

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 青柳ふるさとコミュニティセンターの向かい側に鎮座する戸川稲荷神社(青柳131)。熊野神社のすぐ目の前だし、新たにエントリーを立てずに纏めちゃっていいかな、と。
 鳥居の柱には「平成十二年八月吉日建立 天賀谷静男」と刻まれている。
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八剣神社(水戸)

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 爪黒神社の北西480m程の位置に鎮座する八剣神社(桜川市水戸123)。
 八剣神社と言う名から見て御祭神は日本武尊だと思うのだが、由緒書きが無い為詳細は不明。
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 一の鳥居と二の鳥居。
 一の鳥居は昭和十八年に建てられたものだが、二の鳥居は不明。
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 西国坂東秩父百観世音、庚申塔、二十三夜塔。
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 石段。
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 拝殿正面。
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 斜めから。
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爪黒神社(上城)

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 JR水戸線岩瀬駅から南東へ1.8km程、山の麓に鎮座する爪黒神社(桜川市上城863)。
 幟枠には「文久二壬戌星九月吉辰」「橋本村氏子中」と刻まれている。文久二年は1862年。
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 平成二十七年(2015)十二月に奉納された狛犬。
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 逆から。
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 境内。
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 拝殿。
 拝殿の大棟には「爪黒神社」とあり、本殿覆屋の大棟には左三巴紋がある。社名の由来は由緒書きにも記されていなかったが、爪黒と言う名はどのような理由でつけられたものなのだろうか。
 余談だが、社殿の裏手から山を登って行くと橋本城跡があるのだそうだ。
 拝殿脇に石祠があるが、何を祀っているものなのかは不明。
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 社殿屋舎銅板葺替記念碑。
鎮守 爪黒神社略記
鎮座地 岩瀬町大字上城字番場極八六三番地
祭 神 磐長姫命
                   ┌足名椎命
     ・神系 大山祇命(山の神)──手名椎命(手摩乳命)
                   └磐長姫命
                   └木花咲耶比売命
     ・境内社 手摩崎神社(手摩乳命)・八坂神社(素盞嗚命)
          稲荷神社 (倉稲魂命)・千勝神社(猿田彦命)
御神徳 この神は大雨が降っても、大風が吹いても磐のように、動く
   ことのない力を長く続くことから、城館の守護神として崇敬さ
   れていたが、転じて健康で丈夫な子を、生むことが出来る安産
   神でもある。
    また橋本の氏子区域内には、古くから「お茶とササゲ」を栽
   培しない風習がある。これは神と人とを結びつける、神人合一
   伝承のひとつでもある。
創 建 応永三十二年九月十七日(五七三年前)
祭 礼 例祭十一月十五日・(旧祭礼九月十七日・十一月十七日)
由 緒 社伝によると、中郡庄太田郷(岩瀬町犬田)の地頭太田伊勢
   守貞経、応永年中(一三九四~一四二七)橋本山に城郭(橋本
   城・別名吉所城)を構え、その鬼門に当る大手先に、伊豆國雲
   見嶽磐長姫命(静岡県賀茂郡松崎町雲見浅間神社)を奉遷し、
   城の守護神としたのが、爪黒神社の創めである。
            (神社明細帳・県神社誌・緒家古文書)。
略年譜
   ・永正十七年(一五二〇)、下館城主水谷氏の家臣片見伊賀守
   清信橋本城にはいり、本社修覆し、神鏡一面を奉納する
   ・慶長年中(一五九六~一六一六)、浅野弾正長政検地、社地
   五反歩余御見捨地(年貢免除)
    宝暦十二年(一七六三)八月、橋本、谷中両氏子中にて社殿
   修覆、国家安全、氏子繁昌を祈願(「幕府巡検記」)禰宜権大夫代
   ・慶安元年(一六四八)・寛文十二年(一六七二)本社建立
   (「境内御改書上帳」禰宜 源大夫代)
   ・嘉永四年(一八五一) 石造明神鳥居建立
   ・文久二年 幟旗立石建立 橋本村氏子中
   ・明治六年(一八七三)、谷中村鎮座諏訪神社を爪黒神社に合
   祀し、村社に列格。
   ・明治四十一年(一九〇八)、奉納石造御神灯一対建立。
   ・大正十年(一九二一)十一月十五日、幣帛供進指定村社に昇
   格を記念し、社号標を建立。
   ・昭和二十四年三月二十五日、境内国有地無償譲与。同年本殿
   上屋瓦葺替。
   ・昭和三十四年五月、拝殿新築
   ・昭和五十八年十一月、社殿改修
   ・平成四年、本社上屋葺替修覆
   ・平成九年十一月十五日、本社上屋、拝殿、境内社屋根銅板葺替
       平成九年十一月吉日
          右  爪黒神社宮司 萩原義照 識
             同   禰宜 鷺谷英寿

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 手摩崎神社。
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 手摩崎神社の傍に赤い石祠があるが、何神社なのかは不明。
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 こちらの石祠も不明。
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 車でやって来るとまず間違いなくこちらに到着することになると思うが、社殿や鳥居の向いている方向を考えると正しい入口はこちらではない。
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 と言うことで、こちらが入口。
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 参道。
 ここを歩いて行くと、上記の鳥居前に出る。

両国稲荷神社(東日本橋二丁目)

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 両国橋西交差点の北側、日本橋CETビルとNビル、ヴェルドミール柳橋の間と言うとてもわかり難い場所に鎮座する両国稲荷神社(中央区東日本橋2-28)。
 何年か前には鳥居や案内板もあったそうなのだが、現在はどちらも無くなっている。
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 以上で4月30日参拝分終了。
 使用機材はK-5IIsにDA20-40mm、DA16-85mm、DA FISH-EYE 10-17mm。X30。
 ウォーキングカウンターは17,841歩。
 今回は4月22日の神社巡りで見落としていた所を主として巡って歩いたのだけど、見落としすぎだろう自分○刀乙
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無駄な徘徊でCO2を増やす、
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